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対話型美術鑑賞は美術鑑賞なのか?

小学生向けの美術鑑賞プログラムのボランティアをすることになったので、対話型鑑賞ファシリテーターの研修を受けています。その基礎研修の個人的まとめ。

  

対話型美術鑑賞(VTS)とは・・・

1980年代にニューヨーク近代美術館」(MoMA)で開発された美術鑑賞の手法の一つ。学芸員やギャラリートークの担当者が、集まったお客さんにむけて、一方的に絵の解説をするのではなく、絵を前にまずじっくり鑑賞してもらってから、その絵の中で何が起きているか(何が描かれているのか、ということではなく)、その絵のどこからそう考えたのか(なぜ、そう思ったのかではなく)、を語ってもらい、その内容を鑑賞者同士、シェアしあって絵の見方を深める鑑賞の仕方です。

 

やってみるとわかりますが、この手法では、絵を見るのに、絵についての知識は不要で、ファシリテーターが問い、鑑賞者は自然に絵の世界を語り、他の鑑賞者の語りを聞くことで、別の視点を学びます。上手なファシリテーターのもとでは、鑑賞者は安心して絵について自分の思ったこと、感じたことを語りたくなり、聞いてもらうことで満足を得られますし、他の鑑賞者も別の価値観を知り、新たな気付きを得て開眼する(発見)という効果があります。この対話型美術鑑賞では、絵の見方や解釈に正解はありませんし、その場で結論は出しません。多様なストーリーや意味が存在するだけで、それでも、あぁこの絵をよく見た、という満足感は得られるという仕掛けになっているのかと思います。知識情報提供型のギャラリートークでも、作品についてより深い理解と満足を与えますが、対話型だと、他の鑑賞者と一緒にこの作品を見たという一体感みたいなものを得られるのか、楽しかったという感想があります。

 

自分がやることになり、美術鑑賞についてアンテナを立てていると、今は、あちらこちらの美術館や画廊で、1つの展覧会で複数回ギャラリートークを開催していて、担当学芸員だったり、専門の研究者だったり、作家だったりがトークしてくれる状況なんだと知りました。また対話型美術鑑賞をやってる館がいくつもあり、有名美術館のギャラリートークのボランティアには応募が殺到して狭き門なんですね・・・それもびっくりしました。それと「美術検定」なるものがある!これにも驚き・・・過去問見ました。えと、わたくし、美術史勉強していましたが、もうすっかり知識は忘れてしまってとても太刀打ちできない。研究者でもない愛好家の方が、こんなマニアックな問題に何も見ないでこたえられるなんて凄いなぁと薄らぼんやり遠い目になりました。

 

 

(25年前とは隔世の感あり。国立博物館や美術館が独立行政法人になり、自助努力をしいられたんだろうか、と思わずにはいられない。昔は博物館・美術館・大学の研究者というと象牙の塔というイメージだった。こんな時代が来るとは・・・生きててよかった)

 

こんな記事もありました。

 

bijutsutecho.com

 

鑑賞プログラムで有償か! 普段、無償でやってるプログラムを有償にして鑑賞者ターゲットを絞ることで、無料プログラムには来ない層を取り込む、興味深い。

 

閑話休題

 

対話型鑑賞は子どもの教育ツール?

VTSは、MoMAの教育担当と心理学者が開発したという事情もあり、子どもの教育ツールの要素が強い、美術作品を利用したアクティブラー二ンングと、基礎研修を受けて感じました。(もちろん、研修でそんなことは一言もいわれてません。私の勝手な考え)

 

博物館教育論 (放送大学教材)

博物館教育論 (放送大学教材)

 

 

放送大学の『博物館教育論(’16)』の「第6章:美術館におけるプログラム」3.ギャラリートーク のなかでこの対話型美術鑑賞(Visual Thinking Strategies:VTS)にも言及がありまして、

 

対話を介して学習者の探求を支援することで,「観察力」や「批判的思考力」を育成し,グループでの相互学習によって「コミュニケーション力」を高めている。こうしたVTSの基本的な理念は,アメリカの多くの美術館で共有されているが,知識・情報を与えないという点については異論もある。探求型の学習において,作品はの理解や解釈を深めるためには,適切な知識や情報も必要と考えるからである。例えば、ニューヨークのグッゲンハイム美術館やブルックリン美術館など複数の美術館で実践されている会話形式のギャラリートークは,(中略)学習のねらいや状況に応じて,必要とされる作品情報や知識も適切なタイミングであたえている(一條彰子・寺島洋子「米国の美術館における鑑賞教育―所蔵作品を活かしたスクールプログラムの調査に基づく一考察」『日本美術教育研究論集』2014 No.47 pp.1-12)

 

とか

 

探求的な学習を促すために,解説者が質問を多用することに対する批判もある。(一條・寺島,2014)

 

とか賛否あるような書かれ方をしています。

 

美術史的な探求や作家の内面に迫るというような作品を見るだけでは確かめようのないことはゴールではないわけです。作品の本質に積極的には迫らないという意味でこれは美術鑑賞なのか?という言われると、うーん、美術史とか芸術学を学んだ人間からすると若干戸惑いを覚えます。大人の美術愛好家の鑑賞欲は満たさないかも。放送大学で「西洋芸術の歴史と理論」や「美学・芸術学研究」を担当する青山昌文先生も、芸術を見るためには、まず、内容を知る、知識が不可欠と論じています。ならば、下知識をもって鑑賞して感想をシェアしあいたいというニーズがあるだろうか。したい人・・・きっといるかな。だとしたらどういうアプローチがあるだろうか。VTSの先の話、ってあるのだろうか。いづれにしても知識レベルが異なるので子ども向けと大人向けは別のものとして分けて考える必要はあります。研修でも、子どもに向けての場であることを強調されていました。

 

ファシリテーターの質問は想定質問なの?

さて、学習を促すために質問を多用するという批判ですが、果たしてファシリテーターは学習を促すために質問してるのでしょうか。想定質問になるかどうかは、ファシリテーターの聴き方、技量によるところが大きいだろうなと思います。どういう場にしたいのか、話を聴く姿勢ができてるかが非常に重要。ファシリテーターが聴きたい答えを引き出すような聴き方は上手くない。鑑賞者が話したいことを受け止めますよという聴き方をしなければならないと思いました。鑑賞者の話が充分に聴けていれば、質問されている感じがなく対話になるんではないかと、漠然とですが思います。というのも、対話型鑑賞で行われるのは、心理学でいう「確認型応答(*1)」で、まず、話者の話を受け止め、あなたが言いたいのはこういうことですね、とパラフレーズ(確認)してから次の質問なり、可能であれば言葉にならなかったことも言葉にして具体的にしていく手法。本音が言いやすい雰囲気で、確認しながら進むので誤解やミスが少なくなり、相手からも好感が持たれる可能性が高くなる効果あります。それに対して普段の会話は「反応型応答(*2)」というタイプの対話で、相手の話を聞いて、自分はこう思う、とすぐさま返したり、アドバイスめいたことを伝えてしまったりします。これだと、私、そんなこと言ってない・・・とか、あ、理解してもらえてないなと感じることも起こるので、話者は話すことをためらい、言いたいことがいえなくなる、応答者は決めつけ、思い込みで誤解したままになりやすい、互いに不信になりやすいなどのデメリットがあります。反応型の応答でやってしまうと、誘導質問、想定問答になってしまう可能性があり、対話型鑑賞としてはあまり上手くないのでは。効果的な対話型鑑賞の場を作れるかどうかは、ファシリテーターのコミュニケーション力にかかっています。本や資料を読んですぐ実行できるような技術ではなさそうです。

 

(*1)(*2) 参照:浅野良雄〈こころの通う対話法〉https://www.taiwa.org/

 

 

学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・ シンキング・ ストラテジーズ: どこからそう思う?

学力をのばす美術鑑賞 ヴィジュアル・ シンキング・ ストラテジーズ: どこからそう思う?

 

 

研修は、きっとこの本が基本となんだろうなぁと思っていました。でも、実際にやってみないと理解できないだろうと、白紙の状態で研修を受けたかったので、活字中毒の自分には珍しく、この本を手に取るのは控えてました。基礎研修が終わったので、一連の書籍、一度読んでみようかと思っています。

 

 

私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力

私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力

 

 

 

 

 

 

対話型鑑賞に取り上げる作品 

それからVTSでファシリテーターを大いに助けるのが、効果的な対話ができそうな、作品を選ぶということでした。

 

そう、、、、話しやすい作品と話が盛り上がらない作品があり、対話型美術鑑賞の場を成立させやすい作品を選ぶのが肝なのです。この点も、VTSって美術鑑賞なの?と、私をモヤっとさせました。見せるものはファシリテーターが選ぶ。だったら話したい内容を感じ取ってもらいたい内容を滑り込ませることも可能かな、と(そんなにうまくいかないし、する必要もないけど)思うのです。 対話型美術鑑賞で取り上げる作品は、どんな話が出てきても、作品の世界観から離れすぎないような作品で、見て何が描かれているか、いろいろな物語が自然と生まれるような作品を選ぶとよいとされています。場合によっては、1点目は話しやすいもの、2点目は、少し見ることになれてきてるから物語性は低いけど、発見や引っ掛かりが含まれた作品とか組み立てることもあります。ですが、基本的には抽象画、風景画、静物画みたいなのは難しい。宗教画も正解があるので難しい。イラストとか写真も対象がはっきりしすぎて難しいとされています。例えば、講師が例に挙げていたのは、印象派の絵画。日本人は印象派が大好きなんだけど、でもVTSには向かない(からあまり取り上げない)と言ってたのが印象的。対話型では難しいものは別に無理にVTSで鑑賞する必要なんてないけど、どう鑑賞したら理解が進むのか。そもそも理解が必要なのか。探求しつつ、実践しながら、追々発見があるでしょう。